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こまみとメガネの10年日記

うつや特性などいろいろありすぎな夫婦のこれまでと、これから。

こまみ幼稚園時代②

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数時間後・・・

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人と関わるって、本当にむずい!!

え?そんなことないですか?

私はめっちゃ難しかったですw


子供って、相手の気持ちまで考えて喋らないことも多くって、でも、私は相手が嫌な気持ちにならないようにって必死にお返事を考えて、考えて、考えて・・・

なんてしているうちにもう相手はどっか行ってるというw



意地悪な子ってどこにもいたけど、
ろくに関わったこともないのに、意地悪をしてくる子とか謎の域。

優しいってなんだろう?

なんだか、思うのは、

ある場所へ子供だけを集めて、その中で、子供だけでうまくコミニュケーションを築きなさいという現代の仕組みはちょっと違うんじゃないかなぁと。


子供って、やっぱり未熟な生き物だから。

 

本来は村の中で、

大人が働いたり休んだり、
生活が行われているところで、

子供たちもヤンヤヤンヤと遊んでいる。

ちょうどそこにいる大人は、

子供のことを横目で見ながら、

他人の子も自分の子も同じように見ている。

幼稚園や、小学校は圧倒的に大人の目が足りないのかなぁと。

大人も、ご近所の人を信頼していて、多くの大人の目がある中で子育てをできる安心感。

こんなことしたら大人が見てて怒られるぞ、とか、
人に優しくしたら近所のおばちゃんが褒めてくれたとか、
大人が見ている意識と安心感の中で、子供達は自分たちなりのコミュニケーションを築いて行くのが、大人にとっても子供にとってもいいような気がします。

自分の子のように感じてくれるご近所や、
お兄ちゃん、お姉ちゃんたちの優しさを感じたり、
それを真似て小さい子の面倒を見て見たり。

そんな中で、本当の優しさを身につけて行くんじゃないかな、子供って。

ある年になったら、
その子の特性に関わらず、み〜んな幼稚園、保育園へ。

大好きなお母さんも、
知っている近所のおばちゃんも、
誰もいない場所に放り込まれる。

一人の先生に20人の子供。

そりゃ、学べないよね。

人間は、やっぱり様々な年代の中で、お世話したりお世話されたりを学びながら育っていけたら良いんじゃないかなぁ、なんて。


縦割りが、本来一番自然な、人間の関わり方なのかもしれない。

などなどと、自分の子供時代、それから子供を育てている中で、思います。