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こまみとメガネの10年日記

うつや特性などいろいろありすぎな夫婦のこれまでと、これから。

こまみ幼稚園時代

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幼少期はまさに”コミュ障”の代表格レベル。

今思えばADHDの特性バリバリなのですが、私の時代は特性などと言う概念は全く存在していなかったので、ただの「超気の弱い内気な子」ジャンルに在籍しておりました。

あと、幼稚園を楽しいと思ったことは一度もなかったので、
基本「はやく帰りたい」が心の中を占めていて、あとは妄想していたり・・・w

これもADHDの、
“今、自分が関心が向いていること以外に全くやる気を出せない”っていう特性だったのだけど、これで悩んでる人多いんじゃないかなぁと思います。

この特性は今でも継続中。


で、家族。
登園時間は9時だったのですが、そもそも起こされるのがギリギリか過ぎているかで、そのことをみんな大して気にしていないという家族なので、はっきり言って遅れているという自覚もまともになかったです。

 

今思えば、家族ごとADHDだったんですよね。
原付に子供乗せて登園とか、軽犯罪だし・・・。

(こうやっていいことと悪いことの区別がわからないまま幼少期が過ぎるって結構怖いかもしれない。)



私のママンは、実の母ではなく、本当の父親の妹で、その夫婦に引き取られていたのですが、それはかなり後になるまで知らなかったりなど、このママンやその実家ともまぁ色々あるわけなのですが、そんなことも、そのうち書けたらと思ってます。